コロナ時代の新しい気づきや生活・行動・仕事の変化について

本調査の要点まとめ

調査の背景と目的

新型コロナウイルス感染症によってこれまでの生活が大きく変化し、多くの方々が心身にストレスや負担を感じているかもしれません。新型コロナウイルス感染症が流行している中での出来事や経験には望まないネガティブなものが多いかと思いますが、そんな中でも、小さな新しい発見や、ちょっとした生活・仕事の工夫の中から、少しでも気持ちが明るくなるような気づきや体験をされることもあるかもしれません。このような日々の生活の中で得た経験を調べることで、コロナ時代での生活に役立つヒントが得られる可能性があります。

現在の新型コロナウイルス感染症の流行下での生活のような、困難な状況への対処に関する研究では、つらい経験の中になんらかの良い変化や学びを得るプロセスがあることが報告されています。コロナ禍においても、新しい気づきや経験に関する報告がいくつかされています(BMJ, Science; 2020)。困難な状況の中で得られた新しい気づきが、長期的には健康的な生活習慣の確立や、個人の成長などの良い変化につながることもあるかもしれません。

本研究では、コロナ禍において日本人労働者が経験したポジティブな気づきや生活・行動・仕事の変化、およびその具体的な内容を調査することを目的としました。

Wise J. Covid-19: Study to assess pandemic's effects on wellbeing of NHS staff. BMJ. 2020; 371: m3942.
McDowell S. The pandemic strengthened my relationship with my supervisor- and prepared us to talk about race. Science. 2020.
Oxtoby K. How we coped with covid-19-and silver linings. BMJ. 2020.

調査方法

新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査(E-COCO-J)第4回調査は、全国のフルタイム労働者を対象に2020年11月6日~12日に実施しました。回答者は1172人でした。調査方法や対象者の詳細はこちらのページ をご確認ください。

今回の新型コロナウイルス感染症の流行を体験した結果、下記のようなポジティブな変化をどの程度経験したか問い、経験した場合はその程度(「少し経験した」「まあまあ経験した」「強く経験した」「かなり強く経験した」)を尋ねました。

コロナ禍でのポジティブな変容体験はオリジナルに作成した計10項目(「1.コロナをきっかけに家族や親せきとの絆が深まった」「2.コロナをきっかけに職場の一体感が増した」「3.コロナをきっかけに働きやすい仕事のやり方が見つかった」「4.コロナをきっかけに自分にとって大切な人間関係に気づいた」「5.コロナをきっかけに生きていることへの感謝を感じた」「6.コロナをきっかけに健康の大切さを意識するようになった」「7.コロナをきっかけに仕事のありがたみを感じた」「8.コロナをきっかけに新しい趣味や活動をはじめた」「9.コロナをきっかけに健康的な生活習慣が身についた」「10.コロナをきっかけに自分が大切にしたい価値が明確になった」)で測定しました。

また、「新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに得られた、ポジティブな気づきや体験についていくつでも教えてください。仕事、生活、趣味、健康についてなど、なんでもかまいません。」と問い、自由記述の形式で回答を求めました。「特になし」等の回答と、それ以外の記述に研究担当者(NS)が分け、後者に関しKJ法に類似した手法で研究者12名(※)でカテゴリ分けを行い、概念を整理しました。

10項目のポジティブな変容体験は各項目において、「経験あり」の合計人数(n)と割合(%)を集計しました。自由記述は整理された概念ごとに、個別の記述を研究担当者(NS)が加工・要約し、ホームページでの共有に資すると判断された内容を記述しました。

結果の概要

第4回調査に回答した1172人のうち、それぞれの現在の勤務の状況は、勤務者(1123人、95.8%)、退職(21名、1.8%)、産休・育休・介護休暇中(14人、1.2%)、病気休業中(6人、0.5%)一時帰休(4名、0.3%)、その他(4人、0.3%)でした(Table1)。 それぞれのポジティブな変容経験を経験した人数(n)と割合(%)は下記の図1 の通りでした。

図1 (クリックで拡大)

自由記述は、641名(54.7%)からなんらかのポジティブな記述が得られ、531名(45.3%)は「特になし」に類する記述でした。有効回答を整理し、10個の概念に分類しました(私生活のこと、健康、日本のすばらしさ、つながりと絆、時間を有意義につかう、ちょっと違った視点からの気づき、みんなと一緒、しなやかな心の変化、仕事のこと、医療従事者から)。図2 にそれぞれの概念に特徴的な記述を記します。

図1 (クリックで拡大)


その他  私生活のこと日本のすばらしさ時間を有意義に使うちょっと違った視点からの気づきしなやかな心の変化医療従事者から

解説

新しい気づきや変化として、特に、「健康の大切さを意識するようになった」ことを経験したのは81%と高い割合でした。自由記述では、自分自身の可能性や強みに気づいたり、健康的な生活習慣が身についたという内容がみられました。同じ目標に向かって団結して行動することが、集団の連帯感を生み、親切心や社会貢献意識につながったという気づきもみられました。

このようなポジティブな気づきや変化は、新型コロナウイルス感染症によって困難な思いをされた方々にとってむしろその記述を読むことで苦痛を感じることがあるかもしれ ません。多くの人がポジティブな経験をしていると感じ、疎外感を感じられることがあるかもしれません。被害の渦中にある方にとっては、ポジティブな側面を逆境の中に探す行為が、怒りや抵抗、悲しみの気持ちを高めることがあります。そのため、本調査の結果からネガティブな感情をもつことがあったとしても、それはとても自然なことです。本学術調査の結果は、決してポジティブな振り返りを促すためのものではありません。日本人労働者の体験を量的・質的に記述し、整理することで現象を記録するために行われています。本調査のテーマは、十分な配慮と慎重さが求められる内容です。

実際、回答者のうち45.3%は自由記述に「特になし」と回答していました。回答選択肢が提示される形式の設問では、何らかのポジティブな経験したと回答していたとしても、その振り返りを促されることを不快に感じる人もいらっしゃると考えられます。感染症そのもの自体は肯定的にとらえられるものではありません。それは災害であり、多くの人にとって逆境と感じられることは確かです。そして、この苦痛が永遠でないことをこころにとどめながら、その苦痛と違った視点から向き合おうと自然に思えるまでは、この苦痛とともにある(身を任せる)ことも大切なことです。つらさの中にとどまる期間が、自分自身の中に新しい成長の土台をつくるための土壌を作ることもあるでしょう。ただ、苦しみの中にいるときにもすでに「成長の芽」が感じられる人もいますし、他の人がどのような意味をコロナ禍に見出しているか知ることで、自分の中に新しい気づきや今後の展望が持てるということもあるかもしれません。危機への対処は人生の転換点(ターニングポイント)になることもあります。

また、もともと個人の特性として心理的柔軟性や楽観性が高い方で、ポジティブな意味の見出しが得意な方が自由記述に多く回答している可能性があります。逆に言えば、心理的資源や特性によって、つらい経験の中で得られたことやポジティブな変化を見つけることが難しい方がいると考えられます。そのような気づきを他者から促すことは困難であると言われていますが、日常的な人と人とのかかわりの中で共感しながら語り合い、自然に振り返りを経験していくプロセスが効果的であることが知られています。同じ経験をもつ者同士として、ネガティブなことも、ポジティブなことも含めてこのコロナ禍での経験について誰かと語り合う機会があることは大切かもしれません。ただし、繰り返しではありますが、個別の経験や生活への影響には大きな個人差があるため、十分な配慮と慎重さが求められるテーマです。

まとめ

コロナ禍において日本人労働者が体験したポジティブな変化や気づきを量的・質的な観点からデータを整理しました。ご自身の状況や環境に合わせて、コロナ時代を乗り越える小さなヒントが見つかれば幸いです。
(※)研究協力(精神保健学/精神看護学分野):宮本有紀 准教授、稲垣晃子 特任助教、竹野肇 客員研究員、森田康子、須藤美恵、飯田真子、浅岡紘季、佐藤菜々、片岡真由美、大藪佑莉、友永遥、池山萌香