コロナ禍でのストレスチェック制度の実施状況:コロナ禍以前とコロナ禍の比較

本調査の要点まとめ

調査の背景と目的

労働安全衛生法では、50人以上規模の事業場では年に1回、従業員に対して医師、保健師等によるストレスチェックを実施しその結果を本人に返却するとともに、高ストレスと判断される場合には従業員が希望すれば医師による面接指導を受けさせ、その結果に基づいて事後措置を行うことが義務化されています。また努力義務ですが、ストレスチェックの調査データを集団分析し職場環境改善に活用することとされています。新型コロナウイルス感染拡大下(コロナ禍)は、事業場におけるストレスチェック制度の実施にも影響を与えたと思われます。本調査では、コロナ禍以前と比較し、それらの実施状況を調べることを目的としました。

調査方法

本研究は、E-COCO-Jの第5回調査(2021年2月実施)のデータを用いて分析しています。調査方法や対象者の詳細はこちらのページ をご確認ください。

回答者である常勤雇用労働者に対して、過去1年間(2020年3月~2021年2月に該当)にストレスチェックを受検したか、高ストレスと判定されたか、判定された者には医師による面接指導(会社に申し出ての医師面接)あるいはそれ以外の健康相談等(会社に申し出る以外での、医師・保健師・カウンセラーによる相談)を受けたかどうか、さらにストレスチェック受検者全員にストレスチェックの調査結果を利用した職場環境改善が行われたかどうかをたずねました。

同様の調査が、厚生労働科学研究費補助金労働安全衛生総合研究事業「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」 によりコロナ禍以前の2016年12月に実施され、過去1年間(2016年1~12月)における経験についてほぼ同様の質問項目で、インターネット調査によりデータが収集されています。

この2つのデータを利用して、コロナ禍とコロナ禍以前のストレスチェック制度の実施状況を比較しました。なおストレスチェック制度義務化されている50人以上規模の会社(調査票では事業場ではなく「会社」として質問されています。なお2016年12月調査では会社規模の選択肢が51人以上となっているのでこれを用いました)に勤務する者に限定して分析を行いました。

結果の概要

2021年2月のE-COCO-J第5回調査は、2020年3月の第1回調査の対象者1,421人(第1回調査で勤務中の者)を対象に行われており、うち1,171人が回答しました。この中で第5回調査時点でも勤務継続していると回答した1,118人で、かつ第1回調査で企業規模が50人以上と回答していた831人を解析対象としました。2016年12月の調査には、2,060人が回答しました。ここから無職、自営業などの者合計104人を除外し、さらに会社の規模が従業員51 名以上と回答した1,385人を解析対象としました。

表にストレスチェック制度の実施状況をまとめました。ストレスチェックを受験した者の割合にコロナ禍以前とコロナ禍で差はありませんでした。受検者中の高ストレス者の割合はコロナ禍の方がいくらか低かったですが、有意な差ではありませんでした。高ストレス者中の医師による面接指導、それ以外の健康相談等を受けた者の割合はコロナ禍の方がいくらか低かったですが、有意な差ではありませんでした。受検者中の職場環境改善を経験した者の割合は、コロナ禍以前は約5%だったのに対してコロナ禍では約10%と高くなっており、有意な差がありました。


表 50人以上規模企業における過去1年間のストレスチェック制度の実施状況:コロナ禍以前とコロナ禍の比較
コロナ禍以前
(2016年1~12月)†
コロナ禍
(2020年3月~2021年2月)‡
有意差
ストレスチェック受検(全数中) 832 60.1% 500 60.2% p=1.000
高ストレス者(受検者中) 156 18.8% 75 15.0% p=0.086
医師面接指導者(高ストレス者中) 24 15.4% 9.3% p=0.302
健康相談等(高ストレス者中) 29 18.6% 10¶ 13.3% p=0.354
職場環境改善(受検者中) 45 5.4% 52 10.4% p=0.001

† 厚生労働科学研究費補助金労働安全衛生総合研究事業「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」 2016年12月調査(回答者1385人)
‡ E-COCO-J 2021年2月調査(回答者831人)
§ うち対面4人、オンライン7人(対面かつオンライン4人を含む).
¶ うち対面6名、オンライン7名(対面かつオンライン3人を含む).


解説

今回の分析からは、コロナ禍以前の2016年にくらべて、コロナ禍の2020年にはストレスチェックの受検には差がありませんでした。高ストレス者の割合は少し低くなり、高ストレス者への医師面接あるいはその他の健康相談の実施率はやや低下した可能性がありますが明確ではありませんでした。職場環境改善の頻度については2016年から2020年にかけて倍増していました。

職場環境改善の頻度の増加については、ストレスチェック制度の進展にともなう職場環境改善の普及によるものかもしれません。質問項目では明確に「ストレスチェックの調査結果を利用した職場環境改善」とたずねていますが、コロナ禍での感染対策の実施が職場環境改善ととらえられた可能性もあります。職場環境改善のやり方についてはE-COCO-Jの第5回調査ではたずねていません。一般には感染を避けるために、従業員が集合してワークショップを行う従業員参加型の職場環境改善は、おそらくは2020年にはあまり行われず、事業者(経営者)主導型や管理監督者主導型の方式のものが多かったのではと推測されます。

この2つの調査では、ストレスチェック制度の実施状況を従業員にたずねているため、注意すべき点があります。事業場がストレスチェックを実施したかどうかはこの調査ではたずねておらず、従業員がストレスチェックを受検したかどうかしかきいていません。そのため、ストレスチェック受検の割合は、事業場のストレスチェックの実施率と従業員の受検率を掛け合わせたものになっています。職場環境改善の実施率も、従業員にそれと周知した上で実施されたものしか把握されていない可能性があります。例えばストレスチェックの結果に基づいて全社的な残業時間削減を行ったり、特定の部署のみで職場環境改善を行った場合には、従業員が職場環境改善と気づいてない場合があるかも知れません。このため、職場環境改善の頻度は過小評価されていると思われます。またインターネット調査に参加する者では一般に心理的ストレスが高いことが多く、いずれの調査でも、高ストレス者の割合は過大評価されている可能性があります。

まとめ

コロナ禍以前(2016年)とコロナ禍(2020年)を比較したところ、ストレスチェックを受検した労働者の割合、高ストレス者の割合、高ストレス者に対する医師による面接指導およびその他の健康相談の頻度は大きくは変わっていませんでした。職場環境改善はコロナ禍で約10%と倍増していました。コロナ禍でさまざまな支障がある中でも、ストレスチェック制度はこれまでどおりに実施されていると思われました。

文責:川上憲人(東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野)