COVID-19流行開始前および開始から2021年10月までの、労働者の精神健康の推移

本調査の要点まとめ

調査の背景と目的

COVID-19流行開始以降、労働者の精神健康について数多くの研究および調査報告が出ていますが、長期間にわたってその推移を報告したものはほとんどありません。また、COVID-19の流行開始前(ビフォアコロナ)のデータと比較した報告も限られています。今回は、E-COCO-Jのデータより、精神健康の経時的な変化に着目してその推移を報告します。

調査方法

本研究は、E-COCO-Jのベースライン調査(2019年2月)および第1回調査(2020年3月)から、第8回調査(2021年10月)までの調査データを用いて集計しています。調査方法や対象者の詳細はこちらのページ をご確認ください。解析対象者は調査時点で就労している者とし、産休・育休・病気休暇・一時帰休・退職者などは解析から除外しました。 精神健康は、ストレスチェックの標準的な質問票として利用されている職業性ストレス簡易調査票(BJSQ: Brief Job Stress Questionnaire)から、心身の反応の下位尺度(活気の喪失、イライラ感、疲労感、不安感、抑うつ感、身体愁訴)を用いて計測しました。調査時期は、下記のようになっています。

<調査時期>
BL:2019年2月
w1:2020年3月19日~22日
w2:2020年5月22日~26日
w3:2020年8月7日~12日
w4:2020年11月6日~12日
w5:2021年2月4日~10日
w6:2021年3月19日~25日
w7:2021年6月22日~29日
w8:2021年10月25日~11月2日

結果の報告

E-COCO-Jの対象者(1448名)の、精神健康の平均値の推移を表1に示しました。抑うつ感および不安感は第3回調査(2020年8月)をピークとして、抑うつ感は横ばい、不安感は改善の推移となっています。身体愁訴は第1回調査以降、わずかに増加傾向にあります。疲労感は第3回調査(2020年8月)に一時的な上昇傾向がみられています。イライラ感は経時的に改善の傾向にあります。

身体愁訴は11項目 から構成されておりますが、それらの推移を個別に確認したところ、いずれの項目においても、COVID-19感染流行以降、症状が悪化する傾向にありました。 男女別の精神健康の推移を表2に示しました。活気の喪失・イライラ感・疲労感・身体愁訴はベースライン調査(COVID-19感染症流行前)の時点から、女性で得点が高い状態でしたが、COVID-19流行以降も、一貫して女性で得点が高い状態が続いています。イライラ感は減少の傾向ですが、身体愁訴は男女ともに増加の傾向です。不安感は、男性では第3回調査(2020年8月)をピークとして変動幅は少なく推移していましたが、女性においては第1回・第2回調査で上昇したのち、数値の変動をくりかえしています。第8回調査(2021年10月)には女性で不安感の低下を認めています。抑うつ感は、第3回調査(2020年8月)にかけて男女ともに増悪の傾向があり、その後は女性で抑うつ感が高い状況でしたが、第8回調査(2021年10月)には男性のほうが抑うつ感の平均値は高くなって逆転しています。 年代別の精神健康の推移を表3に示しました。活気の喪失は、ビフォアコロナの時点から40代・50代以上で悪い状態でしたが、COVID-19流行開始以降も、同じ傾向が続いており、20代・30代のほうが活気はある状況です。イライラ感は、ビフォアコロナの時点では年代ごとに得点の差がありませんでしたが、流行開始以降は、40代・50代で点数が低下したため20代・30代との差が開く形となっています。疲労感も、流行開始以降50代以上で点数が低い状態となっています。不安感は第3回調査(2020年8月)で特に30代でピークがあります。その後、40代・50代以上は経時的に改善の傾向ですが、20代・30代は変動しながらも、40代・50代以上と比較して点数が高い状態で推移しています。抑うつ感は、20代・30代で経時的に増悪の傾向があります。40代以上は、第3回調査(2020年8月)をピークに改善の傾向です。身体愁訴はすべての年代で、経時的に悪化の傾向があり、年代間の格差が開いていく傾向にあります。第8回調査(2021年10月)の身体愁訴では、20代でもっとも悪い状況です。

解説

本調査報告は、コロナ禍におけるE-COCO-J研究の参加者(労働者)の心身の症状の推移についての単純集計を紹介したものです。統計的検定は行っていませんので、観察された所見の中には偶然の変動内のものあるかもしれません。毎回の調査の回答者はいくらか異なりますが、そのことも考慮した結果ではありません。したがってコロナ禍における心身の症状の変化を理解するためのあくまで参考資料としてご覧ください。
日本人労働者の全体的な精神健康の推移としては、感染流行第2波のであった第3回調査(2020年8月)で一時的にやや増悪を認め、その後はほぼ横ばいの傾向となっていました。しかし、精神健康を詳細に検討すると、身体愁訴(頭痛、胃腸症状などストレスが要因になりやすい症状)は増悪の傾向があり、抑うつ感も横ばいの傾向でした。不安感・イライラ感などの症状が軽減したとしても、感染症流行にともなう長期的・累積的な精神健康への影響がある可能性もあるため、今後も詳細な検討が必要です。
男女別のデータでは、感染流行中の精神健康の推移に男女差があったことがわかりました。ビフォアコロナの時期より、女性のほうが男性と比較して精神健康が悪いことが知られていましたが、COVID-19の感染流行があったこの1年半においても、女性の精神健康のほうが男性と比較して変動が大きく、悪い状況にあった時期が多かったと考えられます。第8回調査(2021年10月)には女性で不安感の大幅な改善を認めており、抑うつ感・イライラ感・疲労感なども同時に改善していました。これは感染症流行の落ち着きによる影響を反映している可能性も考えられます。女性は社会的な状況の変化に対する影響を受けやすい属性である可能性があり、今後の詳細な検討が必要です。
年代別のデータでは、活気以外の項目では20代・30代の若年層のほうが、40代以上の方と比べて精神健康が悪い状態であることがわかりました。ビフォアコロナの時点の調査と比較して、その年代間格差が開いていく傾向もわかりました。その理由はわかりませんが、若年労働者のほうが社会的な状況の変化に対する影響を受けやすい可能性があります。また、抑うつ感・身体愁訴が20代・30代で経時的に悪化の傾向にあるため、今後も注意が必要です。

まとめ

日本人労働者の全体的な精神健康の推移としては、第3回調査(2020年8月)で一時的に増悪を認めたのち、横ばいの傾向でした。不安感・イライラ感は改善の傾向にありますが、身体愁訴は悪化していました。女性、20代・30代の若年層では、男性や40代以上と比較して精神健康が悪い時期が多くなっており、今後の精神健康のモニタリングおよび長期的な影響に関する詳細な検討が必要と考えられます。