職場のメンタルヘルスに関するディスカッション・ペーパーを公表

川上憲人特任教授が、英国の雑誌Lancetに職場のメンタルヘルスに関するディスカッション・ペーパーを公表しました。

論文情報
〈雑誌〉The Lancet(オンライン版:2023年10月12日)
〈題名〉Work and Health 2 – Work-related causes of mental health conditions and interventions for their improvement in workplaces
〈著者〉Reiner Rugulies, Birgit Aust, Birgit A Greiner, Ella Arensman, Norito Kawakami, Anthony D LaMontagne, Ida E H Madsen
〈URL〉 https://www.thelancet.com/series/work-and-health

50日間はこちらから論文の無料ダウンロードが可能です。

この論文を含めたランセット誌のシリーズ「仕事と健康」の3つの論文については、World Health Summit(ベルリン)において、2023年10月15日(日)16時00分(中央ヨーロッパ夏時間)に発表されました。発表の録画はYouTubeチャンネルで見ることができます。


ディスカッション・ペーパーのポイント

◆系統的レビューに基づき、労働環境によるストレスとうつ病の発症との間に関連性があることを報告しました。
◆労働者の精神健康の保持・増進のための方法論についてレビューし、個人向け介入に比べて組織介入が不足していることを指摘しました。
◆今後の職場のメンタルヘルス対策の進展に寄与する6つの提言を行いました。


概要
東京大学大学院医学系研究科の川上憲人特任教授は、海外の共同研究者と共同で、労働者の精神健康の保持・増進について2つのことを明らかにしました。第1に、仕事と精神障害の発症との関係について、労働環境のストレスがうつ病性障害の発症リスクを増加するという科学的証拠が一貫して観察されていることを、系統的レビューを集めた文献レビューから示しました。第2に、労働者の精神健康を保持・増進する職場での介入についてこれまでの研究をレビューし、労働者個人に焦点を当てた介入が多く、これに比べて労働環境の改善に向けた介入が少ないことを明らかにしました。以上に基づき、6つの推奨事項を提案しました。これらは、科学的根拠に基づき職場のメンタルヘルス対策の方向性を包括的に示したものであり、意義深いと考えられます。

内容
〈研究の背景〉
精神的な健康問題や精神障害は、労働者でよく見られる健康問題であり、本人、雇用主および社会に大きな影響を及ぼします。その対策のためには、仕事が精神健康に与える影響について明らかにし、労働者の精神健康の保持・増進のための介入手法の現状と課題を明らかにした上で、必要な研究や施策を進める必要があります。この論文は、仕事と健康に関する 3 つの論文シリーズの 2 番目であり、職場のメンタルヘルス対策に関する現在の科学的知見、推奨事項、必要とされる研究について整理し、提言することを目的としました。

〈研究の内容〉
物理・化学的、人間工学的、心理社会的な労働環境への暴露と精神障害の発症に関する前向き研究について、2017年から2021年までの間に公表されたメタ分析を行っている系統的レビューを検索しました。1242件がヒットし、うち7件のレビューから26の労働環境と精神障害との関連性に関する統合された推定値を抽出しました。その結果、仕事の要求度―コントロールモデル(注1)、努力報酬不均衡モデル(注2)、組織公正(注3)などの職業性ストレスの理論モデルによる高ストレス状態および職場のいじめ・嫌がらせとうつ病性障害の発症リスクとの関係が一貫して見られました。今後必要な研究として、職業性ストレスの理論の深化、暴露測定の方法の改善、生物心理社会的機序の解明、研究デザインや解析手法の革新、ライフコース視点の取り込み、悪化や再発に関する研究があげられました。
労働者の精神健康を保持・増進する職場での介入を、(1)有害影響を防止する(prevent harm)、(2) 仕事のポジティブな面を促進する(promote the positives)、(3)精神的問題に対応する (respond to problems)の 3つに区分して文献をレビューしました。(1)については、仕事のコントロールを改善する組織介入が一貫して効果を示していました。(2)についてはなお科学的根拠が限られていますが、管理監督者およびリーダーシップ研修が効果的である可能性がありました。(3)については、メンタルヘルスファーストエイド(注4)や偏見への対策が効果的である可能性がありました。ほとんどの介入は個人レベルに焦点を当てています。組織と労働環境を改善する積極的な介入をより一層開発・実施する必要があると考えられました。また、組織介入と個人向け介入を統合した介入戦略が注目を集めており、労働環境と労働者の精神健康の両方を改善する可能性があります。さらに関係者により共創的にデザインされ、さまざまな状況に対応した介入を開発・実施するには、全ての関係者が参画する学際的アプローチを進めてゆくことが必要と考えられました。

本論文では、研究結果に基づき、以下の6つの推奨事項を提案しました。
推奨事項1:精神的問題および精神障害のリスクを増加させる科学的根拠のある労働環境を規制し、管理すべきであること。
推奨事項2:精神的に健康な仕事を形成する方針を作成、改善すること。特に非熟練労働者および低所得労働者の労働環境に焦点をあてること。
推奨事項3:組織内の全ての階層において精神的に健康な仕事を創り維持するための指針、および管理監督者および労働安全衛生の専門家のための体系的な能力向上および教育訓練プログラムを促進するための指針を作成すること。
推奨事項4:精神的問題および精神障害を持つ者が労働に参加できるように、国がサポートすること、また職場環境を改善すること。
推奨事項5:精神的問題および精神障害の臨床的評価、診断および管理において、仕事と労働環境に関する情報を常に考慮すること。
推奨事項6:国の精神保健の戦略の中に職場が含まれることを確実にし、職場のメンタルヘルスの重要性について社会的な認識を醸成すること。

〈今後の展望〉
本論文の研究成果、特に6つの提言は、これからの職場のメンタルヘルス対策の進むべき方向性を示すものであり、昨年発表されたWHOメンタルヘルス対策ガイドラインやILO/WHO政策ガイド (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK586364/) とともに、職場のメンタルヘルス対策の研究および実践を推進する基盤となると期待されます。

発表者
東京大学大学院医学系研究科
川上 憲人(特任教授)〈兼:一般財団法人淳風会(代表理事理事長)〉

デンマーク国立労働環境研究センター
ライナー ルグリエス(教授)
ブリジット オウスト(上級研究員)
イダ マドセン(上級研究員)

アイルランド国立大学コーク校公衆衛生学部
エラ アレスマン(教授)
ブリジット A グライナー(上級講師)

ディーキン大学健康・社会開発学部
アンソニー D ラモンターニュ(教授)

(注1) 「仕事の要求度―コントロールモデル」:仕事で求められる負荷などの要求度と労働者が持つ裁量権とのバランスにより健康問題が生じやすくなると考える職業性ストレスの理論。
(注2) 「努力報酬不均衡モデル」:仕事で求められる努力と、そこから得られる報酬がつりあわない場合に健康問題が生じやすくなると考える職業性ストレスの理論。
(注3) 「組織公正」:組織における意思決定の手続きや管理監督者の部下への態度が公正でない場合に健康問題が生じやすくなると考える職業性ストレスの理論。
(注4) 「メンタルヘルスファーストエイド」:専門家に相談する前に、一定の訓練を受けた非専門家の支援者や市民が、精神的問題を有する人に対して、適切な初期支援を行うための行動計画のこと。「こころの応急手当」と呼ばれることもある。

問合せ先
東京大学大学院医学系研究科
特任教授 川上 憲人(かわかみ のりと)
Tel: 03-5800-9622(講座受け付け)
E-mail: kawakami@m.u-tokyo.ac.jp