スマートフォンを使ったストレスマネジメントプログラムによって看護師の精神健康が改善

―新型コロナウイルス感染症のパンデミック下におけるベトナムおよびタイの病院看護師で効果を確認―


東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座の川上特任教授が代表となり、今村特任准教授、櫻谷特任講師が参加して実施していた、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック下におけるベトナムおよびタイの病院看護師におけるストレスマネジメントの研究から、スマートフォンを使ったストレスマネジメントプログラムによって看護師の精神健康が改善することを国際誌Journal of Medical Internet Research誌に報告しました。

COVID-19パンデミックでは看護師の精神健康が悪化しました。発展途上国では精神保健の専門家が限られているため、専門家からのアドバイスなどのサポートなしで、看護師の精神健康を改善する方法が必要です。本研究では、スマートフォンを用いた、専門家のサポートなしでのストレスマネジメントの自習プログラムによって、COVID-19パンデミック下において看護師の精神健康が改善することを世界ではじめて報告しました。

研究成果は今後の感染症パンデミックにおいて看護師の精神健康の保持・増進に役立つと期待されます。特に、看護師の精神健康を守ることでパンデミック下での医療供給(ユニバーサルヘルスケア)の維持(SDGsゴール3)、看護師のディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)(同ゴール8)、さらに看護師という女性の多い職種のエンパワメント支援(同ゴール5)に貢献します。

本研究は、科研費「国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))(課題番号:JP20KK0215)」の助成により実施されました。

論文情報:Watanabe K, Tran T, Sripo N, Sakuraya A, Imamura K, Boonyamalik P, Sasaki N, Tienthong T, Asaoka H, Iida M, Nguyen Q, Nguyen N, Vu S, Ngo T, Luyen T, Nguyen L, Nguyen N, Nguyen B, Matsuyama Y, Takemura Y, Nishi D, Tsutsumi A, Nguyen H, Kaewboonchoo O, Kawakami N. Effectiveness of a Smartphone-Based Stress Management Program for Depression in Hospital Nurses During COVID-19 in Vietnam and Thailand: 2-Arm Parallel-Group Randomized Controlled Trial. J Med Internet Res 2024;26:e50071
URL: https://www.jmir.org/2024/1/e50071
DOI: 10.2196/50071

論文PDFはこちらから無料でダウンロードできます。

東京大学からプレスリリースを行いました(2024/8/31)。


研究概要

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行(COVID-19パンデミック)では、看護師の心理的ストレスが高まり精神健康が悪化しました。発展途上国では精神保健の専門家が限られているため、専門家の補助なしで看護師の精神健康を改善する方法が必要ですが、個人が利用しやすいスマートフォンを用いて、ストレスマネジメントを自習するプログラムの精神健康への効果を、COVID-19パンデミック下の看護師で実証した研究はこれまでありませんでした。この研究では、ハノイ公衆衛生大学(ベトナム)およびマヒドル大学(タイ)との共同研究により、スマートフォンで学習するストレスマネジメントプログラムが、COVID-19パンデミック下での病院看護師の精神健康を改善するかどうかを、ランダム化比較試験(注1)により検証しました。

COVID-19パンデミックが続く2022年3月から4月にかけて研究が開始されました。ベトナムの2病院とタイの4病院の計6病院に勤務する常勤看護師に参加が呼びかけられました。参加に同意した者はランダムに2つの群に分けられました。一方の群(介入群)には7週間のスマートフォンによるストレスマネジメントプログラムを提供し、もう一方の群は対照群として、特別のプログラムを提供しませんでした。なお両群とも各施設の基準に従い、通常通りの産業保健サービスが提供されています。

介入群に提供したスマートフォンによるストレスマネジメントプログラムは、川上らが以前にベトナムの病院看護師向けに開発した「ABCストレスプログラム」をCOVID-19パンデミックのストレスにも対応するように修正したものです。7つのモジュールを1週間に1回ずつスマートフォンで閲覧して、合計7週間で学習を完了します。各モジュールは主に認知行動理論(注2)に基づいて作成されています。モジュール7は、COVID-19パンデミック下のストレスと対処について解説しました。これらのモジュールは、ベトナム語とタイ語で開発されました。

主要アウトカム(最も重要な結果指標)は、DASS21という調査票によって測定される抑うつの重症度得点としました。両群ともに、プログラム提供の開始前に実施されたベースライン調査から、3か月後と6か月後に追跡調査を行い、ベースラインからの抑うつ得点の変化を測定しました。反復測定混合モデルという統計手法を用いて、追跡期間の抑うつ得点の変化を介入群と対照群で比較し、介入の抑うつ改善効果を検討しました。

研究には、介入群602人、対照群601人の合計1203人の看護師が参加しました。3か月および6か月後の追跡調査への回答率は85.7%から87.5%でした。プログラムの7つのモジュールすべてを学習した者は68.1%でした。抑うつ得点の平均は、ベースラインでは介入群、対照群でほぼ同一であり、3か月時点では介入群の方が対照群よりもより大きく改善していました(図1)。抑うつ得点の変化の2群の差は、3か月の追跡調査で有意でしたが(p = 0.02)、6か月の追跡調査では有意ではありませんでした(p = 0.41)。推定された効果量(Cohen’s d)は、3か月および6か月の追跡でそれぞれ-0.15および-0.06と計算されました。

プログラムを実施した介入群(ベースラインで602人)で対照群(同601人)よりも、3か月後の抑うつ得点がより大きく改善した(混合モデルによる検定, p=0.02)。

この研究は、スマートフォンを利用して認知行動理論によるストレスマネジメント法を学ぶ自己学習プログラムが、COVID-19パンデミックという困難な状況下でも、ベトナムとタイの病院看護師の抑うつを少なくとも3か月という期間内において改善する効果があることを示しています。本プログラムは、今後の世界的な感染症流行の中で看護師の精神健康を改善するために活用できると考えられます。今後はプログラムの内容の改善や継続的なプログラム利用の促進などを検討します。また東南アジアを中心に、他の国での検証を行う予定です。

 

用語解説

  • ランダム化比較試験:対象者をランダムに介入群(実施群)と対照群(非実施群)とに割付け、介入前後での結果指標の変化を群間で比較することで、介入の効果を評価する研究手法のこと。
  • 認知行動理論:出来事、認知、行動、身体、気分が相互に関連しており、それらを変えることで自らの状態を改善できるとする心理学の理論。認知行動療法として患者に対する心理療法やストレスマネジメントなどに活用されている。